5年間トップを走り続けたVEX日本代表チーム「Beast Hunter」の軌跡・ロボット工学からチームワーク、課題解決までを学べるVEXロボティクス
■自宅の六畳間から始まった幼馴染2人のガレージチーム
八王子市立宮上中学校3年の住友和樹君と尾花勇我君は、1歳から一緒に過ごしてきた幼馴染です。2人がVEXロボティクスに出会ったのは小学5年生のことでした。
2019年9月、VEXロボティクスの体験会に参加した和樹君は、そこで「みんなで考え、話し合い、ひとつのものを作る」ことの楽しさを知りました。
その体験をもとに勇我君を誘い、自宅の一室の六畳間に、VEXロボティクスの専用スペースを作りました。これが、4年連続で日本代表チームとなり国内VEXシーンを牽引することになるガレージチーム「54506D Beast Hunter」の誕生です。
VEXロボティクスを始めて2か月後の2019年11月、「スクリメージ」と呼ばれる練習試合で、2人は初優勝をかざります。
同年12月に東京ビッグサイトで開催された国際競技大会「iREX Cup」では、初めてのトーナメント出場でエクセレンスアワードを獲得する快挙を成し遂げました。翌年2月に開催された日本代表決定競技大会「VEX IQ Competition Japan Nationals」では、エレメンタリスクール部門で、初参加にして優勝。2人は日本代表となったのです。
■コロナで潰えた二度の世界大会と初めての挫折
しかし、Beast Hunterの快進撃はここで止まります。
世界的な新型コロナウイルスの流行によって、米国で開催予定だった世界大会は中止。「アメリカの世界大会に行く」という夢は実現できませんでした。
当時を振り返って、「外出もできなかったから、オンラインで話し合いながら、ロボットを作っていた」と話す和樹君。この間も、プログラミングを学びながら力を蓄えていきました。
翌シーズン、中学1年生になったBeast Hunterは2回目の日本代表に。しかし、世界大会はオンラインでの開催となり、「アメリカに行きたい」という2人の夢はまたもや叶いませんでした。
さらに、オンライン参加した2021年の世界大会ではプログラムが思うように動かず、実力を発揮できないまま終わってしまいます。
「練習では上手くできていたのに、本番ではできなかった。これまでで一番、結果を出すことができなかった……」と当時の悔しさを話す和樹君。それ以降も失敗が増えていき、これまで順風満帆に進んでいたBeast Hunterは、初めての大きな挫折を味わいました。
■世界に対抗しうるロボットを目指して
けれど、2人は諦めません。挫折から、Beast Hunterは再スタートしました。
2人の夢は、再び日本代表となって、アメリカでの世界大会に参加すること。1年後の2022年5月に開催される世界大会を目指し、挑戦が始まったのです。
和樹君はテニス部、勇我君は卓球部と、それぞれの部活動の合間をぬって、毎週水曜日をVEXの練習日として必ず集まりました。
「大会前には週末も集まり、10時間以上練習していた。小学校時代より集まれる時間が少なくなった分、限られた時間を有効に使う方法を考え、真剣に打ち込むようになった」と和樹君は話しています。
さらに、「参加した大会の動画を見直してみたら?」という和樹君の父、芳行さんのアドバイスを得て、何度も動画を見返し、2人で反省点を話し合うことに。試合ごとに細かな調整を行い、経験を積んできたことで、ロボット製作もプログラミング能力も大きく向上しました。
この年を境に、2人のロボットの作り方が大きく変わりました。挫折を経験し、世界のレベルの高さを知ったことで、これまでの経験を生かした上で自分たちの持ち味を生かす、いわば、“守破離”の“破”から“離”へと進んでいったのです。
■ついに世界へ チームで戦うことの難しさと楽しさ
2022年5月、Beast Hunterとしては3度目となる日本代表。ついに世界大会「VEX Robotics World Championship」出場選手として、2人はアメリカへ渡りました。
世界大会の舞台は、VEXロボティクス誕生の地であるテキサス州のダラス。1万人以上収容できるアリーナで10日間に渡って開催される大規模なもので、2人はそのスケールの大きさと熱量に圧倒されました。
大会に参加するチームは、会場内に「ピット」と呼ばれるブースを持ち、ロボットの調整やアライアンスとの作戦会議を行います。他のチームとの交流も盛んに行われ、日本に興味を持った人たちが次々と訪れます。2人は知っている限りの英語を駆使しながら、世界中の選手たちと情報交換をしたことも大きな刺激と経験になりました。
初めての世界大会では上位入賞は叶わず、世界のレベルの高さを改めて思い知ることとなりました。
この結果について、勇我君は「トップチームのロボットは、性能を突き詰めた結果、どこも似たようなデザインになっている。だけど、僕たちのロボットはオリジナル性にこだわったため、性能で劣ってしまった」と分析し、「来年はもっと上を目指したい」と強く願いました。
2人の目標は「世界大会参加」から、「ディビジョンファイナル(ブロック決勝)進出」に変わりました。
■最後の世界大会で掴んだ手ごたえ
そして、2023年の4月。中学3年生になった2人は、再び日本代表としてアメリカへ。
世界大会では、自らのプログラミングやドライビングスキルを競う「スキルスチャレンジ」と、他の国のチームと即席でチームを組み、協力して課題に取り組む「チームワークチャレンジ」の競技があります。
英語が苦手な2人にとって言語の壁は大きく、前年度はコミュニケーションがうまくいかず作戦が立てられなかったという苦い思い出がありました。けれど、今年は2回目にして、Beast Hunterにとっては最後の世界大会。「勝ちたい!」という思いで必死にコミュニケーションを取り、国を越えて共闘していきました。
努力の甲斐あって、Beast Hunterは上位20チームのみが出場できる「ディビジョンファイナル」まで勝ち進みます。そして、最後に組んだのは、それまでの結果がふるわず、すっかり戦意を喪失していたチームでした。
「いいロボットを作っていたチームだったのに、組んだチームに恵まれず、すっかりやる気をなくしていた」と、2人はその時の様子を話しています。「チームワークチャレンジ」では、チーム同士の相性も重要な鍵です。そこで、2人は相手に「絶対にディビジョンファイナルに進みたい」という思いを伝え、メンバーを励ましながら、時間いっぱい作戦を立て試合に挑みました。
その結果、合同チームは高ポイントを取得。「一番最後の試合で、最高のスコアが出せた!」と大喜びする相手とともに、喜び勝利を分かち合いました。
この世界大会で、2人のBeast Hunterは目標としていた「ディビジョンファイナル進出」へ。さらには最高得点で暫定1位の座を勝ち取りました。残すは、上位チームだけが参加できる「アリーナ決勝」まであと一歩というところまで進みましたが、残念ながら、後半で高得点のチームが登場し、Beast Hunterの挑戦は終了しました。
それでも、世界大会を終えた2人の顔に悔いはありません。
「良い結果を出そうと、頑張って沢山作戦を話し合った。そうしたら、自分たちが思っていた以上の結果を出せたのが楽しかった」と和樹君は晴れ晴れとした顔で話してくれました。
こうして、1年前の世界大会で悔しさを抱えて帰国した2人は、再び訪れた最後の世界大会で全力を出し切り、悔いなくBeast Hunterとしての活動を終えたのです。
■ガレージチームを支える家族の存在
5年間に渡り沢山の時間を共に過ごしてきた2人ですが、不思議なことに全く喧嘩はなかったそうです。VEXで意見が異なることがあっても、「両方のアイデアを試してみよう」と提案し、意見を交換し合っていったと言います。
お互いの長所を聞いてみると、「勇我は、率直に意見を言ってくれるので有難い。2人の考えを取り込んで、一緒にVEXをやっていくことができる」と、和樹君は話してくれました。一方の勇我君も、「和樹は僕が失敗しても責めない。そして、自分が失敗した時は何回も諦めずに挑戦する」と話し、2人が幼馴染としての阿吽の呼吸を持ちながらも、お互いの良さを認め合っていることが感じられました。
そして、ガレージチームBeast Hunterを支えてきたのは、何より両家の家族です。和樹君の父・住友芳行さん、勇我君の父・尾花一丸さんの2人は、ガレージチームのメンターとして、母は英会話のレッスンや活動場所の確保など、全家族でBeast Hunterを支え続けて来ました。
「両親はプログラミングやロボットの知識は全くなかったので、2人が頑張るのを見守り、練習できる環境をつくったり、大会の引率をしたりすることしかできませんでした」と話す芳行さん。
母の真穂子さんも、自宅の一部屋がVEX Labになってしまった事に疑問を感じていましたが、子ども達が活動する姿を見て、「この体験は非常に貴重なものになる」と感じ、協力してくれるようになりました。アメリカの大会には家族そろって参加し、2人の活躍を観客席から応援しました。
■5年間のVEXロボティクスで得たもの
現在、2人は中学3年生。年齢制限のある「VEX IQ」は2023年4月の世界大会の参加をもって、出場資格がなくなりました。2023年、5年間続いたガレージチーム「54506D Beast Hunter」は解散し、現在、2人はそれぞれの道を進んでいます。
勇我君は、小学校から続けていた卓球に注力し、中学生最後に団体での全中出場を果たしました。
和樹君は、「もう一度VEXを楽しみたい」という思いから、中高校生以上が参加できる「VRC」に挑戦することを決めました。現在は、DOHSCHOOLで同級生とチームを組み、VRC世界大会経験者の先輩から学んでいます。
「VEXでは2人で協力して、ひとつのことを成し遂げることの楽しさを知ることができました。それだけでなく、大会では初めて会う他のチームとコミュニケーションを取ったり、プログラミングなどのスキルも養ったりすることができました」(勇我君)
「VEXを通して色々な人と関わって、他の人にどうやって伝えればいいのかを考えたり、自信を持っていいんだということを知ったりと、これからの自分に大切なことを学んで身に着けることができました。
プログラミングが上手くいかなかったりして、つまらないとか、やめたいと思ってしまう時もあると思います。でも、そこで『やめよう』ではなく、『じゃあ、次はこうしてみよう』と考えて続けて見てほしいです。1回立ち止まって、もう1回考えて、もう1回挑戦することが大切。自分たちのできるところまで続けて頑張れば、きっと結果は出ると思います」(和樹君)
2人の母校である八王子市立宮上小学校では、Beast Hunterの活躍がきっかけとなり、学校に「VEXクラブ」が誕生しました。現在は、勇我君の弟をはじめとしたメンバーが世界大会を目指しています。
始まりは、1人の少年の「楽しい」という気持ちでした。それが友人に伝わり、学校へ後輩たちへと受け継がれ、そして世界中と繋がっていったのです。
和樹君と勇我君はプログラミングの知識ゼロからのスタートで世界の舞台に立ちました。
同じように、誰しもが、世界に挑戦できる可能性を持っています。
三英株式会社では、VEXロボティクスに挑戦する子どもたちを、2018年よりサポートし続けています。Beast Hunterの2人のように、新たな挑戦者がこれからも誕生していくことを期待しています。
<VEXロボティクスについて>
VEXロボティクスは、世界中で導入が進むSTEM教育教材のリーディングブランドです。STEM教育(近年STEAM教育とも呼ばれる)とは、もともとは移民が多いアメリカで、幼少期のこどもたちにSTEM(科学・技術・工学・数学)への興味を育ませ、貧富、性別、人種等を問わず優秀な人材を育成するために研究された教育プログラムです。アメリカでSTEM教育が本格的に始動してから10年以上の時を経て、ロボット競技がこどもたちの学習意欲を育むだけではなく、チームワーク、リーダーシップ、コミュニケーション力、グローバリズム、プロジェクト遂行力、課題解決力、クリティカル・シンキングといった21世紀の人類に必要されるスキルを育むことができるとして、世界中の教育関係者から注目されています。
VEXロボティクスは、コンピューターサイエンスを学習の軸とし【ハードウエア・ソフトウエア・カリキュラム・競技大会】の4つの要素から構成されており、こどもたちは毎年更新される競技大会の課題を攻略するために、ロボット工学やプログラミングに取り組んでいます。
<VEX Robotics World Championshipについて>
「VEX Robotics World Championship」は、毎年4~5月に米国テキサス州ダラス ケイ・ベイリー・ハッチソン コンベンションセンターで開催されている、VEXの競技大会です。2023年度は、70ヵ国以上から、全部門で合計3000チーム以上が参加しました。
参加チームは、自分たちが組み立てたロボットとプログラミングで、テーマに沿った競技に挑戦します。試行錯誤の過程をノートに記録し、ジャッジと呼ばれる審査員に口頭でアピールポイントなどを説明します。また、大会当日の行動は「アティチュード」として採点の対象になります。単に、ロボット工学やプログラミングの知識だけでなく、チームワーク力や、思考力、その場での解決能力、コミュニケーション能力など、幅広い能力が問われる大会です。
また、世界各国から参加するチーム同士の交流も盛んで、国や年齢、性別を越えた子どもたちが異なる文化や考えを知るきっかけの場ともなっています。
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